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2019年3月14日 (木)

8.老人と大震災

 いつくるかも分からない関東大震災である。専門家の予想では30年以内とも聞く。その時の最大の犠牲者は老人である。
 関東大震災のことを、調べて見た。大正12年(西暦1923年)9月1日、午前11時58分、マグニチュード7.8の大地震が関東を襲った。震源地は相模湾西部であった。都内48万戸のうち4千戸が全壊、6千戸が半壊して東京神奈川を含めて死傷者が14万人、下町の面影がすっかり消失した。とくに山の手に比べて下町のその被害は2.5倍であった。大正12年と言えば世の中は、第一次大戦の好景気のあとの不況がやってきて、30万人の失業者がでていた時期であった。流行歌で「枯れススキ」がはやった。こんななかで大正モダンといって浅草オペラや活動写真がは浅草の繁華街で盛んであった。
 その地震はちょうど下町では昼飯の時間帯であって火の手が178カ所あがり、火災になって、やがて火災旋風となり長い間、熱風が渦巻いて死傷者が増加した。この震災で浅草の有名な凌雲閣が焼失した。都市火災で怖いのは火災がやがて熱風のとなって渦巻くことによる被害である。東京市街地の4割が消失した。死傷者のなかには100人の消防者が死亡し行方不明になった。寺田寅彦の日記には、水道管が破裂して、危険物に火がついたとある。根津千駄木は木造密集地帯で道路は狭くて、電信電話は不通となり新聞も止まったとある。日本橋、浅草、本所は90%消失した。なかでも陸軍被服所は4.400死者がでた。人が避難して集まったところに火災旋風が起きた。炊き出した米が230トン、153万人にのぼった。アメリカや外国から応援援助活動があった。食品、医薬品など赤十字を通じて送られた。その被害が55億円で国家予算の実に4倍にも達した。このさなかにあっ悲劇が起きた。朝鮮人が「井戸に毒を入れた」という噂が広がって朝鮮人6千人、中国人200人が虐殺されるという事件が起きた。また左翼の指導家大杉栄が虐殺された。大正モダンも一日で消失したのだった。
 さて、老人と大震災についてである。少子高齢化社会で高齢者が4割ばかりになっている東京では、もし大震災があればその犠牲者が多くなるだろう。高齢者にとって都市は便利で住みやすい。しかし大震災のことを考えるならば郊外に移住したほうがよい。たとえマンションであっても安全とはいえないだろう。これから老人の住むところは郊外か地方都市である。それは両方ともいいことではないか。富山市は都市生活者を誘致していると聞いたことがある。東京は物価は高いし、住宅も高いし、隣近所との関係は薄く、道路は階段が多くて狭く、雑踏に押し流され、隣の人は何する人ぞ、と無関心である。東京は老人にとつて、また障害者にとつて住みにくい町であると言えばきっと反論がある。余計なことだ、と。人はなじみの群れから離れると、孤独になり不安だからだ。動物の安全本能である。つまるところ良い解決策はみつからない。

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